ライスワークは人生の無駄

ライフワークとライスワーク

労働が食べていくために行う仕方のない行為であると人生に窮します。
仕事を受動的な行為から能動的な行為に変えることで仕事が幸せに直結します。

今回は「ライスワークの無駄」を問います。
ライスワークとは「仕事は食べていくために、仕方なく行う労働」です。

今回はその無駄を糾弾します。
「生活のために仕方ない」という言い訳はシカトします。

一生の内、大半の時間を費やす仕事
その仕事で自己実現が出来るほど幸せなことはありません。
20代のライスワークとライフワーク

働くとは「耐える労働」なのか?

ライスワークと認めよう

多くの人は「仕事」=「耐える労働」という価値観でしょう。
「土日が待ち遠しい」、「残業が辛い」という人はライスワークに従事しています。

社会人の9割近くはライスワーク従事者なのではないでしょうか?
「あなたはライスワークだ」と断定すると、途端に否定する人もいます。

ライフワークへの道は週100時間労働が可能かどうかです。
並大抵の人はライフワークに出会うことはできないでしょう。

ライフワークに出会うためには、まず自身がライスワークに従事していることを自認しましょう。
ライスワークの自認から始めましょう。

ライフワーク

ほとんどがライスワーク従事者として働いてます。
ライフワークに出会うことは、とても難易度が高いです。

ライフワークに出会えれば、これほど幸せなことはありません。
仕事が生きがいを得るための行為です。

働くことが当たり前

生活のためには働くことが当たり前です。
仕事が、当たり前になると仕事に慣れます。

慣れれば、耐える時間も苦にならずに、年数が経っていきます。

ただ、ライスワークには変わりはありません。
仕事を通して自分の使命を見出すことは出来ません。

耐える労働に慣れると自分がライスワークに従事していることすら気づけなくなってしまいます

ライスワークになる

「やりたいことのない若者」がそのまま社会に出て行きます。
その若者は次第に労働に慣れていきます。

仕事は耐える時間で、それが当たり前という固定観念が定着してしまいます。

ライスワークは人生の無駄である

時間が無駄

生きていくには、労働に必ず時間を割かなければいけません。
働くことが前提であれば、ライスワークに従事することは無駄でしかありません

ライスワークは耐えることで生活の糧を手に入れることです。
その時間は我慢であり、その時間に楽しさを見出すことが出来ません。

万人に平等に与えられた時間をライスワークに無駄に消費しています。

 

ストレス過多

ライスワークに従事すると要らぬストレスを感じます。
職場のストレス、通勤の手間などが仕事で消化できません。

仕事<ストレス」がライスワークの構図です。

ライスワークでれば、仕事で発生するストレスが負債です。
長期間負債を溜め込みむと自ずと休日が待ち遠しくなります。

ライスワークに従事者は仕事を離れることでしか、ストレスを減少させることが出来ません。

ライフワークであれば、仕事をしながらストレスを昇華できます。

金や地位

ライフワークとライスワークにおいて、金銭は比較対象ではありません。
生活最低水準すら維持すれば、進んでライフワークを選ぶべきです。

金、地位、役職は生きがい、使命の前には藻屑同然です。
ステータスなど他者評価のための材料でしかなく、他者評価は自分の人生を幸せにする源泉ではありません。

モチベーションが金銭や役職の時点でライスワーク従事者です。

 

結論

ライフワークに出会う旅に旅立つには、自らがライスワークに従事していることを積極的に認めましょう。
ライスワークの無駄を把握することで自分の向かう方向が見えてくるはずです。

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