アメリカの敗戦「ベトナム戦争」を3分で理解

アメリカの銃社会

3分でベトナム戦争に関する最低限の知識をおさらいします。
抑えたい人物、抑えたい出来事、抑えたい結末をざっくり解説していきます。

●抑えたい人物
1.ホー・チ・ミン
→ベトナム民主共和国の指導者
→ベトナム独立の象徴

2.ジョンソン大統領
→アメリカ大統領
→ベトナム戦争激化路線

●抑えたい出来事
1.インドシナ戦争
→ベトナム戦争の契機
→べトミンvsフランス

2.ベトナム戦争
→1955-1975年
→べトミンvsアメリカ

●抑えたい結末
1.アメリカ敗戦
→実質的にアメリカが戦争で敗戦する
→米国内の反戦運動が敗戦要因
2.べトミンの勝利
→南北ベトナム統一
→ベトナム社会主義共和国が誕生

ベトナム戦争の背景

ベトナムを巡る争い

第二次世界大戦中、日本軍がベトナムへ侵攻します。
1940年、9月に日本軍が進駐します。

ベトナム側は日本軍に対抗するために「ベトナム独立同盟」を結成します。
ホー・チ・ミンが指揮したベトナム独立同盟は以降、ベトナム戦争の主軸組織へと繋がります。

世界大戦で日本が敗戦すると日本軍はベトナムから退却します。
日本軍に次いで、ベトナムを支配したのはフランス軍でした。

フランスの支配に対して、ホー・チ・ミンはベトナム「ベトナム民主共和国」を樹立します。

インドシナ戦争

戦後のベトナムは南北に分裂します。
北ベトナムはベトナム民主共和国(べトミン)、南ベトナムはフランス軍。

べトミンは共産思想なのでソ連や中国の支援を受けます。
一方、フランスは米軍の支援を受けます。

フランスはべトミンを取り込もうとしますが、反発を受けて武力衝突。
インドシナ戦争が起こります。

ディエンビエンフーの戦い

インドシナ戦争における最大の戦いがディエンビエンフーの戦いです。
火力で上回るフランス軍でしたが、べトミンの人海戦術に苦しめられます。

フランス軍は落下傘部隊と航空補給をメインにラオス国境付近のディエンビエンフーを要塞化します。
対するべトミンは共産国から支援を受け、夜襲を繰り返します。

べトミン軍が徐々にフランス軍領地を切り開き、最後は占領に繋げました。

ディエンビエンフーの戦いでの敗戦がフランス軍のベトナム撤退を決定づけます。
その後、ジュネーブ条約によりベトナムの南北分断が決まり、フランスのべトミン打破は失敗に終わります。

分断するベトナム

フランス軍がベトナムから撤退するとベトナムは北緯17度線で分断されます。
DNZという非武装地帯が設けられます。

DNZの北側は「ベトナム民主共和国(べトミン)」、南側は「ベトナム共和国」と二分されます。
南側にはアメリカの支援入り、米国の傀儡国家となります。

ベトナム共和国のゴ・ディン・ジエム大統領は独裁を続けます。
ゴ氏は仏教寺院、僧侶を次々と弾圧します。

ゴ氏の圧政に僧侶が焼身自殺を遂げるなど南側の情勢不安は続きます。
ゴ氏以降も政権は腐敗し、民主化運動が南側で起こり始めます。

南ベトナム民族解放戦線

1960年に南ベトナム民族解放戦線(ベトコン)が結成されます。
ベトコンは民主運動を遂行する組織でしたが、徐々に北側の共産勢力に吸収されます。

アメリカとのベトナム戦争の際にはベトコンがアメリカ軍の脅威となりました。

ベトナム戦争の決着

ドミノ理論

ベトナム情勢に介入するアメリカ。
アメリカはベトナムの統一共産化を恐れました。

ベトナムが共産化すれば、周囲の東南アジア各国に共産主義が波及すると考えます。
これをドミノ理論と呼び、ドミノのようにバタバタと共産化へ陥ると恐れます。

アメリカの軍事介入

アメリカはケネディ政権以降、徐々にベトナムへ戦力を投下します。
ジョンソン政権へ以降すると更なるアメリカの軍事行動はエスカレートします。

「北爆」と呼ばれる大規模な組織的爆撃が行われます。
ただ、この爆撃も北ベトナムに駐留するソ連勢力への攻撃は回避されたため、決定的な戦果には繋がりませんでした。

反戦運動

北ベトナムは南のベトコンと通じて、アメリカ軍に徹底抗戦を布きます。
アメリカは敵側の補給路であるホー・チ・ミンルートを断つため、ラオス・カンボジアまで戦線を広げます。

対する北ベトナムは分散思想、ゲリラ戦でアメリカ軍を苦しめます。

国内からの抵抗

ベトナムでの占領戦に苦しむアメリカ。
国内の反戦運動も盛んにおこります。

大義名分のない戦いに、国民の士気は高まりません。
TVでベトナム戦争の惨状が映されると反戦運動は盛んになります。

枯れ葉剤爆撃、市民の虐殺などを目にしたアメリカ国民はベトナム戦争反対の声を上げはじめます。

アメリカでは徴兵制ということもあり、反戦運動は続行し続けます。

その後

ジョンソン政権は一期で終わり、ニクソン政権が誕生します。
ニクソン政権ではアメリカ軍のベトナム撤退が決まります。

アメリカは南ベトナム軍への支援に留まり、ベトナム戦争は北ベトナム勢力が優勢に立ちます。
アメリカ軍が撤退すると南ベトナム軍は崩壊、ベトナム共和国の首都サイゴンが陥落します。

ベトナム戦争は北側のベトナム民主共和国の勝利で終わりました。
実質的に、アメリカ軍が敗北した形になります。

統一されたベトナムは社会主義国家として、「ベトナム社会主義共和国」として、今なお存続しています。

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