「ヴィーガン(完全菜食主義)」をわかりやすく学ぶ

ヴィーガン

近年ヴィーガン人口が欧米を中心に増加しています。
ヴィーガンの波は島国日本まで到来して、少しずつ知名度を上げています。

ヴィーガンとは完全菜食主義を謳う食文化・食主義です。
ヴィーガンは菜食主義(ベジタリアン)を超えた概念として誕生します。

今回は食のダイバーシティとヴィーガン主義の考え方について学びましょう!

ヴィーガン主義とは

ヴィーガン主義の考え

ヴィーガンをざっくり説明すると「完全菜食主義」です。

ベジタリアンは乳製品、卵、蜂蜜などを一部口にします。
食の選択肢ではベジタリアンの方が豊富です。

ヴィーガンの人は一切の動物性食品を口にしません。
肉、魚、乳製品、卵、蜂蜜などを摂取しない完全菜食主義です。

ヴィーガンの中にも流派・考え方は千差万別。

千差万別

ヴィーガンは食文化の枠に収まりません。

衣類にも動物性のものを身に着けない人。
植物の種を絶つ食品を口にしない人など実態は様々です。

ヴィーガンを一義的に線引くのは難しいです。
大凡は「一切の動物性食品を口にない主義」と理解すればよいでしょう。

ヴィーガンの考え方を学ぶことは食のダイバーシティと直結します。

栄養学から宗教学まで

ヴィーガンは単に食文化の領域に留まりません。
栄養学から宗教学まで幅広いアプローチがあります。

ベジタリアンやヴィーガンは、ざっくり3種類存在します。

  • 健康志向型
    →動物性食品が健康に害すという主張
  • 倫理志向型
    →動物を殺生してはいけないという主張
  • 健康倫理型
    →上記双方の点を有する

ヴィーガンには「健康と倫理」という2つのテーマが平行しています。

「ヴィーガンは健康になれるのか?」というテーマ
「人間は動物を殺さずに生きるべき」というテーマ

「ヴィーガン主義で倫理志向の人」は感情型の動物愛護団体と結びつきます。
彼らは「食の在り方」や「動物の在り方」を訴えます。

「個人の食に対する定義」と「生命に対する倫理観」が結びついているのです。
とても興味深い志向ですが、方々で衝突もみられます。

「動物を殺生するな」という主張が過激化すると雑食主義の日本では対立に繋がります。

ヴィーガンの広がり

世界のヴィーガンの分布図

ヴィーガンの発祥地イギリスでは国民の7%がヴィーガンらしいです。
他にもアメリカや北欧諸国ではヴィーガンの割合が高い傾向です。

肉や魚が料理の中心にある雑食文化の日本人からするとかなりの割合です。

このような高いヴィーガンの割合は、宗教的な背景があります

キリスト教はベジタリアン文化の素地があります。
これらの宗教的な素地が一部ヴィーガンの普及に繋がりました。

日本のヴィーガンの分布図

日本のヴィーガン割合は2%そこそこ。
ベジタリアンは5%だそうです。

公立学校の給食には、肉や魚が出てきます。
この数字はにわかに信じられません。

「意識的にベジタリアン(ヴィーガン)と主張する人や部分的には動物性食品を摂取している層」もこの割合には入っているのでしょう。

厳格なベジタリアン(ヴィーガン)はもっと少ないと思われます。

ヴィーガンの健康問題

動物性食品を食べなくていいの?

ヴィーガンへの関心は「健康にいいのか」です。

野菜と聞けば「野菜=体にいい」と刷り込み教育されています。
そのおかげで「ヴィーガンはなんとなく健康になりそうだ」と印象を受ける人がいるかもしれません。

それでも「動物性食品を一切取らない」のは疑問が残ります。
栄養バランスもどこ吹く風です。

栄養バランスを考量しないのは危険を伴います。
その点はヴィーガンの人も対策を練っているようです。

ヴィーガンの欠点

動物性食品を一切取らないことには欠点があります。
研究者で一致している見解は、「ビタミンB12が欠乏する点」です。

ビタミンB12は動物性食品からしか摂取出来ない栄養素です。
神経・血液細胞の正常化や遺伝物質に影響を与えます。

重要な栄養素でビタミンB12の欠乏はヴィーガン最大の弱点です。
弱点をサプリメントで凌ぐことが出来れば問題はありません。

ヴィーガン(ベジタリアン)に対する私見

ウィーガンを巡る争い

SNSでヴィーガンと雑食主義の人が小競り合いをするのを目にすることがあります。
「無益だなー」と思いながらも画面でそのやり取りを傍観。

ヴィーガンの中には、倫理的側面で主張を押す人もいます。
「動物や植物の殺生を禁じろ」と強制する意見です。

日本ではヴィーガンはまだまだマイノリティな存在です。
マイノリティの倫理観を人に押しつけると、より疎外され立場を失います。

所感

ヴィーガン、ベジタリアン、肉食、雑食、どの食志向も認められるべきです。
食の多様性が認められるべきなのは周知の事実でしょう。

食の多様性を相互に理解する必要があり、一義的に何がダメ、何がイイという話ではありません。
それは、屠殺に対する考え方も同様。

あなたの食の在り方、生の在り方はあなただけのもの
私の食の在り方、生の在り方は私だけのもの

 

 

自分の信念を守る戦いは許容されるべき
自分の信念において他人の思考を強制することは出来ない

結論

動物性食品を取らないことって、よく考えるとすごいストイックで生きにくそう。
僕は雑食でありたいと思いましたとさ。

因みに僕は、肉も魚も野菜も食べるゴリゴリの雑食主義です。
屠殺に関しては生物の生き死にを人間が操つれるという考えこそ人間の驕り。

人間も生き物の一端に過ぎない。

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