まさかの女性将軍「徳川家重」

徳川将軍職に就任した15人の将軍をまとめます!
どの将軍も魅力的な人物です。

今回は9代目将軍「徳川家重」です。

女性説がある一方で大奥で遊び耽るなどの情報もあります。
権力に任せて暴政を働くことはありませんでしたが、家重は暗君の部類に入るでしょう。

少なくとも将軍という権威の象徴には程遠い存在であったことが伺えます。
それでも田沼意次などに政治を一任した辺りは幕政を支えることに繋がりました。

徳川家重の結論を端的に

©狩野英信

●残念な将軍
→表舞台に姿を現さない
→極度の頻尿

●「まさかの女説?」まで誕生する
→多くの根拠が残る家重女説
→謎多き人物であるのは間違いない

圧倒的凡愚、徳川家重

9代将軍、徳川家重

9代将軍は徳川家重です。
家重は偉大な父、吉宗の陰に隠れてしまった残念な将軍です。

家重は一貫して政治の表舞台に姿を現しません。
政治は家臣任せです。

江戸城内では、家重の姿すら未確認であった謎多き将軍です。

極度の頻尿

言い伝えでは、極度の頻尿であったとされます。
家重は、「小便公方」と揶揄されていました。

当時、頻尿は女性特有のものとされ家重は「女性だったのではないか?」という憶測も飛び交います。
この「家重女性説」は中々真実味を帯びています。

暴れん坊将軍・徳川吉宗の長男として誕生

徳川家重は、8代目将軍、吉宗の長男として、1712年に生まれます。

家重は、生来、脳生麻痺を患っていました。
そのことで、彼は言語能力が劣っていたとされています。

一方で、若い頃から酒と女に遊び回っていました。
自堕落な生活が自身の体をさらに悪化させます。

徳川将軍は儒学や武芸など、何かしら秀でたものがあります。
しかし、残念ながら家重は文武共に劣った将軍でした。

人事配置は成功する

家重は君主として、不出来でした。
不安定な幕政を優秀な家臣たちが支えます。

運よく江戸の人事配置は上手くき、優秀な人材を輩出します。
大岡忠光田沼意次といった有能な人材がこの頃、幕政に参画します。

良くも悪くも父、吉宗の影響を受ける

家重は酒に女に入り浸っていました。
基本的に政治の表舞台には姿をみせません。

幕政は大岡や田沼といった名臣が支えていました。
幕府の財政は、吉宗の享保の改革によって、安定していました。

財政が安定する一方で、庶民の不満は爆発寸前です。
吉宗のカリスマ性で蓋をしていた庶民の不満は家重では抑えることが出来ません。

不満爆発

吉宗亡き後はの社会は、強大なリーダーを失います。
結果は江戸幕府の権威は落ち、各地で庶民による反発が起きます。

吉宗時代から続く増税へのツケを払います。
農民一揆は全国規模で展開し各藩が対応に追われます。

幕政は吉宗というリーダーを失い、情勢は悪化します。

 謎多き将軍徳川家重にまつわる噂

徳川家重は女性だった?

歴史には「本当は○○だった」という仮説が後を絶ちません。
仮説の1つとして「徳川家重は女性であった」というまさかの説があります。

しかも、家重女性説はそれなりに有力な説です。

武家社会は男尊女卑です。
武家社会の頂点が女性であれば驚天動地の説です。

家重女性説を検証

以下に家重が女性であっとする説を記します。

家重は女性であった?
  • 埋葬方法が女性用
    →徳川将軍家で唯一、女性の埋葬法
  • 家重の姿を誰も見たことがない
    →女性であったので、姿を現さなかったという説
  • 頻尿が当時の女性特有のもの
    →排尿をする姿を見られたくために囲い板をつくった

以上の理由が、「家重女性説」です。

「姿を見せない」、「頻尿」という点は何からしら別の事情があってもおかしくありません。
ただ、埋葬方法に関してはかなり謎です。

将軍の遺体をなぜ女性の埋葬法にする必要があったのでしょうか?
あくまで一説ですが、噂が立つほど家重は謎多い将軍でした。

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