日本史最年少の征夷大将軍「徳川家継」

徳川将軍職に就任した15人の将軍をまとめます!
どの将軍も魅力的な人物です。

今回は7代目将軍「徳川家継」です。

家継は幼年で逝去してしまいました。
日本史上、最年少の征夷大将軍です。

幼き将軍の在位期間は派閥争いが絶えませんでした。

最年少征夷大将軍、徳川家継


©長谷寺

7代将軍、7歳早逝

7代目将軍の徳川家継は、幼年で亡くなってしまいます。
在位期間4年で享年は7歳で早逝(カワイソス)。

家継は徳川将軍家15人の中で、最も幼くして将軍職を継ぎました。
しかし、早逝したため、紹介することが特にありません。

今回は、家継周りで起きた幕府内の派閥争いを中心にまとめます。

相次ぐ早逝

家継の父、6代目将軍家宣は家継の他に5人の子供を作ります。

しかし、家継を除く、全ての子供が早逝してしまいます。
このパターンは徳川将軍には多い例です。

昔は幼少期を生き延びることがとても困難な時代でした。

それは将軍家も変わることはありません。
将軍の子供とはいえ、生き残ることが困難でした。

幕政の混乱

盤石とした継嗣体制が整わないと幕政は混乱します。
家継時代も混乱が始まります。

先代の家宣は、将軍職を真摯に勤めていた御仁でした。
自分が亡き後の将軍家のことも深く案じます。

家宣は唯一生き残った将軍候補家継の早逝を気に掛けました。
家継に家督が譲られ、早逝すれば、政局が混乱します。
家宣の予想は的中し、幕政は混乱

史上最年少、征夷大将軍の誕生

家宣は死の床で、側近の間部詮房と師匠の新井白石を呼びます。
病床で将軍継嗣について、金言を遺します。

「わしが死んだら名君の誉れ高い、尾張の徳川吉通に家督を譲れ」
「無理なら、家継の後見人に吉通を据えさせろ」と遺言を残します。

家宣の最後の遺言を聞いた間部と白石は、遺言を守りません
尾張の殿様を呼ぶことが政局の混乱に繋がると危惧しました。

家綱就任

間部と白石は、家継を将軍に据えることを決めます。
まさか、家継までが、早逝することはないと踏みました。
→間部と白石の予想は外れ、幕政は混乱します

こうして、史上最年少征夷大将軍、徳川家継が誕生しました。

大切に育成されるも急死する家継

家継が将軍に就任するも齢3歳では政治は出来ません。
家継の治世下では、間部や白石、生母である月光院が担います。
側近政治と呼ばれます

政治の方向性は、先代の家宣路線を踏襲します。
正徳の治の続行です。

幼年の家継は、父同様、白石に学問を教わります。
学問を教わる家継の姿勢は、素晴らしかったとされています。
「家宣公のように聡明な御仁になられるだろう」と前向きな一面を覗かせました。

そんな家継でしたが、7歳にして、早逝します。
風邪をこじらせた肺炎が死因といわれています。

ゴタゴタしている家継時代

大奥の派閥争い

当時の大奥(将軍以外男子禁制の場所)は、派閥争いが熾烈でした。
家継の生母、月光院の勢力」と「家宣の正室、天英院の勢力」に別れます。

現将軍の母」vs「元将軍の妻」という構図に別れました。
この両者が大奥でバチバチに火花を散らします。

当初、間部や白石などの幕臣は月光院側を支持します。
大奥内でも、月光院側の勢力が優勢です。
→月光院は肩で風を切って歩きます

江島生島事件

派閥争いが絶頂を極める中、「江島生島事件」が起きます。
この事件は、月光院側の人が、大奥の規律違反を犯すものです。

それが大奥全体の規律の甘さを指摘される問題に発展します。
→現代のコンプライアンス違反的な感じ

この事件を機に、天英院側が勢力を強めます。
月光院側は、次第に大奥の隅に追いやられます。

更に、月光院に追い打ちをかけるように、将軍家継が早逝します。
家継の早逝により月光院は事実上、ゲームセットと相成ります。

結果的に天英院が大奥のイニシアティブを握りました。

甲府派VS譜代大名

この頃、幕政を推進したのは、間部詮房新井白石です。
2人は家宣のお膝元である甲府派の家臣団です。

甲府派は、家宣が上京した時に、取り立てられました。
甲府派は、白石を筆頭に、よく政治を勉強をしています。

家宣の信望も厚く、幕政の運営にも積極的です。

嫌われる甲府派

甲府派は、元々幕府に仕えていた幕閣や譜代大名から嫌われています。

幕閣や譜代大名は、甲府派の政治にそっぽを向きます。
シティボーイは、田舎のインテリを敵視していました。

幕政は今のねじれ国会みたいな状態に陥ります。

甲府派の末路

甲府派は、将軍家継が死去すると、後ろ盾を失います。
ねじれ状態を嫌った8代目将軍吉宗は、テコ入れをします。

甲府派は一斉に追放され、幕政の表舞台から姿を消します。
結果的に家継が早逝したことによって、政治のゴタゴタは解消されます。

家継の唯一の仕事は幕政の混乱を解消しました。

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