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幕末の根源を作った「徳川家定」

徳川将軍職に就任した15人の将軍をまとめます!
どの将軍も魅力的な人物です。

今回は13代目将軍「徳川家定」です。

12代目将軍、徳川家慶の最晩年には、ペリーが来航しました。
幕末の足音が近づいています。

動乱の時代なのに、見出しの少ない面白くない将軍です
奥さんの篤姫の方が有名ですね。

徳川家慶を解説


©徳川記念財団

13代将軍徳川家定

13代目将軍は徳川家定です。
彼は幼少期から成人まですっと病弱でした。
→幕政が揺れ動く中、求心力は得られません

幕閣の間では家定在位の時から「将軍継嗣問題」が勃発します。

将軍継嗣問題に加えて外交問題(通商問題)も加わりまさに動乱の時代でした。
アメリカをはじめとする欧州各国の来航は、幕政を二分しました。
→開国か攘夷で揺れ動きく

動乱の幕末を率いる将軍としては病弱の家定では不十分でした。

1824年 家定生誕

1824年に12代目将軍、徳川家慶の4男として、徳川家定は産声をあげます。
兄弟姉妹は家定を含めると27人もいました。

しかし、家定を除く兄弟姉妹、全員26名が成人を迎えることなく早逝
江戸時代の幼少期における悲惨な致死率の高さを表しています。

結果、辛うじて生き残った家定も幼い時から病弱です。
常に、息の根が絶え絶えの状態でした。

1853年徳川家定将軍就任

父、家慶が1853年ペリー来航の動乱に紛れて亡くなります。
それまで鎖国していた幕府は、急運風を告げる異国の到来でした。

その中、ひっそりと13代目将軍、家定が将軍職に就任します。

家定が将軍職に就くと、病態を更に悪化させます。

病弱な家定は幕政に関わりません。
幕政は家定を将軍継嗣に導いた阿部正弘や堀田正睦に任せます。

熾烈な将軍継嗣問題

将軍継嗣問題と開国攘夷問題

将軍継嗣問題

病弱の家定は妻を娶ります。
世継ぎをせかされますが、結局誕生しません。

幕閣は家定を横目に、白昼堂々と継嗣問題を議論します。
家定はいつ倒れてもおかしくありません。

次の幕政を優位に進めるために派閥争いが過熱していきます。

開国攘夷問題

この頃、アメリカを始め、欧米諸国が開国を迫り来日します。
イギリス、オランダ、フランス、ロシアと続々来航。

将軍継嗣問題に加えて、外交問題も派閥争いの論議に加わります。
開国か攘夷かを巡る国策も、幕閣の間では意見が割れます。

紀州派 vs 一橋派

この時の幕政は非常に複雑に入り組んでいます。
大きく二分すると幕府は「紀州派」と「一橋派」に分かれます。

紀州派
→紀州藩を中心
→井伊直弼を代表とする
→徳川家茂を将軍継嗣に推挙
→開国派

●「一橋派
→薩摩藩と水戸藩を中心
→島津斉彬と徳川斉昭を代表とする
→徳川慶喜を将軍継嗣に推挙
→攘夷派

2つの派閥は相いれないイデオロギーです。
将軍継嗣、通商問題で互いに一歩も譲らない姿勢を示しました。

家定の政治活動

派閥争いが熾烈を極める中、病弱の家定が重い腰をあげます。

ある日、家定は突然として幕閣の前に現れます。
「我は紀州藩を支持する。次期将軍は家茂じゃ!」と家定が鶴の一声を発します。

家定の鶴の一声で、派閥争いには一先ず終止符が打たれます
家定の命により、急進的な一橋派は幕政から更迭。

主導した斉昭らは獄中生活を送ります。

井伊の画策

家定の政治活動の背景には井伊直弼の画策がありました。
直弼は、脳性麻痺を患う家定の耳元で言葉巧みに囁きます。

直弼の巧みな操縦により家定は紀州派を推す格好を取りました。

こうして幕府内で勢力をつけた直弼の傀儡政権が始まります。
直弼は将軍の裏で実権を握り、一橋派を城中から追放します。

しかし、直弼は後に有名な桜田門外の変で、水戸浪士に殺害されます。

紀州派はリーダーを失い、失墜。
一橋派が再び、台頭をはじめ、幕政は更に混乱へ突入します。

表舞台に立たない将軍家定

人前に姿を見せない

家定は常に病弱でした。

家定は脳性麻痺を患っていたとされています。
家定の病状にはアメリカ公使ハリスの供述でも触れられています。

また、家定は天然痘による外見を気にしていました。
そのため、人目に触れるのを嫌がり、姿を現す機会は限定的でした。

家定は将軍就任から僅か5年後の1858年に死去します。
元来、病弱であったのでこの事態は予め想定されていました。

一橋派による毒殺?

家定の死には毒殺説もあります。

一橋派による報復行為の毒殺ではないかという憶測も飛び交います。
家定が死去したタイミングが一橋派を更迭した直後でした。

一橋派の恨みを買い、毒殺された可能性も捨てきれません。

こうして、13代目家定は、特にインパクトもなく亡くなります。
その一方で、江戸幕府はここから怒涛の如く、維新へと向け崩れ去ります。

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