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ソビエト連邦は何を目指し、なぜ崩壊したのかをまとめる

世界史

連(ソビエト社会主義共和国連邦)は20世紀に存在した社会主義国家です。
世界初の社会主義国家の誕生であり、世界史上では大きなターニングポイントとして語られます。

ソ連は崩壊後、ロシア連邦が継承しました。
ロシアは現在も世界情勢の大きな影響を及ぼします。

今回は世界史上、初の社会主義国家が何を目指し、どうして崩壊したのかをまとめていきます。

社会主義国家の誕生

レーニンとロシア革命

社会主義国家を誕生させたのはレーニンです。
レーニンはロシア社会民主労働党(ボリシェヴィキ)を指揮しロシア革命を成功させます。

皇帝、議会に対抗し、ソビエト連邦は結成します。
レーニンは史上初の社会主義国家を誕生させ、ソ連の初代指導者を務めました。

ソビエト連邦

ソビエト連邦は15の共和国からなる連邦国家です。
ソビエトを中心にウクライナ、ベラルーシ、ウズベキスタン、カザフスタンなど15の共和国が連なります。

建前では15の共和国が対等な立場を取る連邦国家を謳いました。
実態はソビエトが他国を支配するという構図です。

ソ連は何を目指したのか?

ソ連は社会主義国家です。
社会主義とは資本主義を否定することで発展しました。

ソ連は資本主義の特徴である自由競争や需給の自然均衡を否定します。

資本主義のデメリットは格差社会です。
自由競争を促すことにより、資本を持つ者と持たざる者が生まれます。

資本主義国では労働者が資本家に搾取され続ける社会が待っています。
これに待ったをかけたのが、ソ連の社会主義です。

ソ連は国民が平等である社会を目指しました。
国家が経済を掌握し、経済格差の撤廃を試みます。

つまり、社会主義国家は自由より平等に重きを置きます。

スターリンと社会主義の恐怖

スターリンの大粛清

レーニンの後を継いだのかヨシフ・スターリンです。
スターリンは強権的にソビエトの支配を固めていきます。

スターリンは自らの反対派を片っ端から逮捕、処刑していきます。
議員、学者、文化人、一般市民まで反体制派が処罰されます。

粛清の対象者は強制収容所へ送られ、共産党の労働力として労役を課されます。
反乱因子はすぐさま処刑れます。

スターリンは1930年代に大粛清を行い、自身の基盤を確立します。
無差別的な処刑はスターリンが死ぬ1956年まで続き、1000万人以上(推定)を数えています。

社会主義の闇

社会主義国家は平等が基本です。
格差を生むものは出来る限り排除しなければいけません。

そのため、ソ連では資本家の処刑から始まります。
企業を国有化することにより資本を国家が握ります。

共産党が独裁をとるため、情報統制も進みます。
「共産党がいかに素晴らしいか、資本主義がいかに害悪か」と国民を洗脳します。

共産党への反対勢力が生まれれば、直ぐに弾圧します。

このような内情が国内外に知れ渡ることがなく、ソ連は非常に閉鎖的な国家でした。

農業崩壊

ソビエト連邦では多くの餓死者も出しました。

地主と貧農(小作人)に分かれます。
まず、地主は共産党内では粛清対象のため、強制収容所か処刑。

残ったのは、小作人だけです。

小作人を国家の下に置き、計画農業を行います。
この計画農業が失敗し、農業生産率は大幅に低下してしまいます。

結果、餓死者の発生に繋がりました。

ソ連崩壊へ

スターリン亡き後

スターリンがいなくなるとフルシチョフが政権を握ります。
フルシチョフはスターリン時代の暗黒面が漏れ出します。

ソ連への締め付けは続行しますが、衛星国と呼ばれた東側陣営への影響力は低下します。
ハンガリー、チェコスロバキアなどでは自由を求める声が上がります。

ソ連は衛星国鎮圧に動きますが、徐々に崩壊への歩みを進めていくことになります。
冷戦は続行するもソ連の体力は内側から蝕まれてきました。

ゴルバチョフの登場

ソ連共産党最後の書記長がゴルバチョフです。

ゴルバチョフの治世下では、ソ連の社会主義経済は限界に達していました。

企業の国有化により、競争が発生しません。
競争がないため、働く意欲がありません。

ゴルバチョフは経済を復活させるために共産党の強権的姿勢を緩和させていきます。
小規模民間企業の認可、情報公開、言論統制の緩和、冷戦の終結と大幅にソ連内の改革に乗り出します。

結果、ゴルバチョフの改革がソ連崩壊へ導くものとなりました。

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