錆びた「核廃絶論」より「核抑止論」を磨け

はじめに

「核兵器」が登場してから70年余り、この殺戮兵器は長らく人類の存亡の鍵を握っています。今なお核の脅威は健在、イランや北朝鮮で新たに核開発の噂が立つと世界的なトップニュースとして大々的に報じられます。仮にアメリカとロシアの間で世界的な核戦争が勃発し、両国間の核攻撃による応酬が始まったとします。たちまち世界は放射能の雨が降り、核汚染され、人類は滅亡の道を歩むことが容易に想像できます。核兵器の開発段階で署名に関わったアインシュタインも「第四次世界大戦は石と棍棒になる」と予言しています。これは核兵器及び、核兵器を超える殺戮兵器によって人類文明が滅亡することを意味しています。

人類にとって脅威でしかない核兵器ですが、この世から核兵器を取り除くことは不可能でしょう。有史以来、人類は一度手にした利便性を手放すことはありません。核兵器も国家という形が存在し続ける限り、他国への脅威という利便性を有します。どれ程、核兵器の脅威を訴えても核兵器が地球から排除されることは人類の摂理に反するので起こり得ません。「一度手に入れた利便性を手放すことはない」という人類の摂理を理解すれば核兵器廃絶論が如何に虚しいかを理解できるでしょう。2017年に『核兵器廃絶国際キャンペーン』がノーベル平和賞を受賞しましたが、この団体が掲げた「核兵器禁止条約」に核保有国は一カ国も批准していません。核保有国が批准しない核兵器禁止条約に何の効力があるのでしょうか?素敵な理想を述べているだけでは社会は変わりません。理想を垂れ流している間にもイランや北朝鮮は核開発を秘密裏に進め、大国と同じテーブルに就こうとしています。核兵器の開発は人類にとっては「終わりの始まり」です。この現実に直視して、人類の寿命を出来るだけ延命させることが重要。つまり、「核抑止」を前提にした平和の在り方を模索するのが人類が取るべき選択肢なのです。本著では、核兵器開発の歴史から「核抑止論」を前提に描かれている世界の核兵器情勢、核兵器を巡る理想と現実、日本の核兵器政策に触れていきます。

核兵器誕生の歴史

第二次世界大戦

核兵器誕生の歴史は「第二次世界大戦」に遡ります。ナチスドイツは大戦早期の段階で戦局を優位に進めるために核兵器開発に着手しました。当時、ナチスドイツには先進的な核分裂の理論が既に発見されており、核保有国へ最も近い存在でした。しかし、ナチス幹部及びヒトラー総統は核兵器の戦略的投入への理解が乏しく、ナチスドイツの核兵器開発計画は頓挫します。その後、ナチスが劣勢戦局へ陥る中で、研究費用と期間の掛かる核開発計画の打ち切られます。現代社会では劣勢からの一発逆転を狙い核開発へ尽力する時代です。核脅威が共通認識されていることが分かります。その後、ナチスドイツは第二次世界大戦にて、敗戦。敗戦国であるドイツは現在に至るまで、原子・水素爆弾などの核兵器を保有していません。

第二次世界大戦にて、核兵器開発を成功させれ国がアメリカです。当時から工業力が世界屈指のアメリカはドイツから亡命してきたユダヤ系の物理学者を核兵器開発へあたらせました。ドイツの先進的な核分裂理論はアメリカへ渡り発展していきます。ユダヤ人科学者のレオ・シラードがルーズベルト大統領に核兵器開発を進言したことからアメリカの核兵器開発は始まりました。シラードは当時、研究者として絶大な知名度を誇りましたが、当初ルーズベルト大統領は開発を棚上げしていました。シラードは人類史上最も偉大な物理学者であるアインシュタインの署名を借りて、アメリカ政府の重い腰を上げさせました。アインシュタインは実際に核開発に関わることはありませんでした。核開発とは距離を置き、後年は核兵器開発への署名を悔やんだという話が残ります。

1940年代に入ると、ヨーロッパ戦線にて、ナチスドイツが勢力を拡大します。ナチスの脅威に晒されていたイギリスは核兵器開発に注力していました。ナチスドイツが手放した核兵器開発ですが、世界的には軍事的有益性が学者の間で注目されていました。イギリスでは、核兵器開発の基礎土台となる研究が進み、結果的に連合国側の核兵器開発に繋がります。1942年にはイギリスの核兵器研究の流れを汲み、ルーズベルトが核兵器開発プロジェクトを承認します。

マンハッタン計画

ルーズベルトは核兵器開発プロジェクトをアメリカ陸軍の管轄に任せます。「マンハッタン計画」と銘打ったプロジェクトはアメリカ、イギリス、カナダの合同で進められました。開発の陣頭指揮を執ったのは、「原爆の父」と称されるロバート・オッペンハイマー。マンハッタン計画には、世界最高の科学的知性と工業力が投じられ、アメリカ・カナダの30ヶ所以上に研究所が設けられました。マンハッタン計画は極秘裏に進められ、ロスアラモス研究所は最大の秘密研究所として知られています。核兵器開発が進む中、大戦の行方は連合国側の勝利で決します。連合国側勝利が決まると問題は大戦後の世界地図でした。アメリカは戦後のソ連との世界の覇権争いに躍起で、核兵器は社会主義への対抗策として、重要な意味を持ちます。アメリカの核兵器開発における目標は「ソ連より先に核兵器を完成させる」でした。戦時下における技術革新競争は「敵を上回る」という単純な動機が全てで、核兵器も同じくです。

1942年以降、アメリカは本格的な核兵器開発に取り掛かります。当時のアメリカ技術の粋を集めましたが核兵器の実戦配備には時間を費やします。アメリカが核兵器の実戦段階に移行したのは第二次世界大戦の末期でした。1945年連合国側の開発は最終局面を迎えて、いよいよ核兵器の実戦配備の気運が高まります。核兵器の実践導入を間近に控えた1945年4月にルーズベルト大統領が死去し、核兵器の実践導入は見送られました。ルーズベルト大統領が死去した翌月にはドイツが無条件降伏し、ヨーロッパにて核兵器を使用できる戦場がなくなります。

ルーズベルト大統領の次に就任したのは、トルーマン大統領。トルーマン大統領は、核兵器の使用に積極的。トルーマン大統領は核兵器の実戦導入のために、核実験を指示します。これが「トリニティ実験」という世界初の核実験で、トリニティ実験はアメリカのニューメキシコ州で行われます。この実験は長崎に投入された「ファットマン」と同型のものが用いられました。トリニティ実験により「核の時代」が訪れました。

人類史上最初の核兵器使用

トリニティ実験は核兵器の威力を確認するのには充分な結果でした。実験結果を受けて、トルーマン大統領は、すかさず核兵器を実戦配備に動きます。ヨーロッパ戦線はドイツが降伏し、戦争は終結しました。残す敵対勢力は未だに徹底抗戦の姿勢をみせる日本のみです。日本戦線でも既にアメリカの勝利は決定的でしたが、トルーマン大統領は核兵器の実戦導入を決めます。アメリカの核兵器導入は2つの意味を持ちました。1つ目が日本の抗戦意図を挫くためのものです。日本軍部は本土決戦に備えて、最後まで抗戦の意図を見せてみました。アメリカは自軍戦力を温存するため、日本の一般市民を中心にした多大な犠牲を生むのを覚悟で核兵器を投入します。これは市民を無条件に殺戮する非人道的な作戦です。本土決戦でのアメリカ兵の損失を防ぐのが表向きの理由ですが、これはアメリカが作り上げた大義名分です。

アメリカが日本に核兵器を投入した2つ目の理由は戦後のソ連との覇権争いを視野に入れたものです。アメリカが核兵器を実戦導入した真意はこちらです。戦後、日本を巡る統治において、アメリカはソ連を日本から締め出す必要がありました。アメリカはドイツにおける占領ではソ連に侵食を許した背景もあり、日本の統治はソ連に譲ることは許されません。そのため、核兵器で壊滅的なダメージを日本に与えることにより、日本統治を決定的にしたい思惑がありました。太平洋戦争で犠牲を払ったアメリカは大戦末期に対日戦へ参入したソ連へ漁夫の利を渡すわけにはいきませんでした。

結果として、1945年の8月6日広島へ「ウラン型原爆のリトルボーイ」、8月9日に長崎へ「プルトニウム型原爆のファットマン」が投入されました。たった2発の爆弾による死者は約20万人と推定されます。世界の戦争が変わった瞬間でした。ヒロシマとナガサキが、人類史上唯一の核兵器実戦使用の例です。第二次世界大戦以降、核兵器は人類を脅かす最強の兵器として君臨し続けています。第二次世界大戦を契機に人類は悪魔の兵器を手にしました。不可逆的な悪魔との契約は人類に瞬間的な絶滅という選択肢を提示しました。「戦争とは新たな破壊の創造である」であり、「核兵器の開発は人類の終わりの始まり」です。『人類にとって、第四次世界大戦は石とこん棒になるだろう』というアインシュタインの言葉が反芻されます。

 

「核拡散防止条約」の上に成り立つ社会

勝者の特権

第二次世界大戦の負の遺物である核兵器。現在、世界の核兵器は第二次世界大戦の勝者がルールを取り決めて運用されています。大戦の敗戦国であるドイツや日本は核の傘に入るのみで核兵器を「持たざる者」として締め出されています。世界大戦の勝者である安保理常任理事国が「核拡散防止条約」を作り、自分たちだけを正式な核兵器保有国として認可しています。よって、現在、核兵器の保有を正式に認可され国は世界で5ヵ国、米・露・英・仏・中のみです。核拡散防止条約(NPT)は第二次世界大戦の戦勝国にのみに許された特権です。勝者のルールにおいては、5ヵ国以外の核保有を認めていません。

核拡散防止条約に批准せずに核保有を宣言している国は3ヵ国です。インド・パキスタン・北朝鮮が核拡散防止条約に批准せずに核保有をしています。インドとパキスタンは互いに敵対勢力として、核開発を進めた経緯があります。北朝鮮は加盟国でしたが、脱退して、独自に核開発を進めました。直近では、北朝鮮の核兵器廃棄への流れがありますが易々と核兵器を手放すことは考えられません。核保有の宣言はしていない国の中で、核兵器保有が濃厚とされるのがイスラエル。核開発の疑念が取り沙汰されているイランなどが核兵器の保有懸念がある国です。

核拡散防止条約(NPT)の概要

NPTは核兵器の拡散を防止することを定めた国際条約です。1968年に国連で採択され、70年に発効しました。NPTの大きな役割は、米・露・英・仏・中を核兵器国とみなすことです。先の大戦で勝利した大国のみが核兵器の保有をして、それ以外の国の核兵器保有は認めていません。核兵器はNPT条約によって、一部の国が核兵器の所有を制限する寡占状態に突入しています。

現在、世界の核兵器社会を構成しているNPTですが問題も抱えています。NPTは「核保有国の拡散を防ぐことを目的」としています。その目的がうまく機能していません。敵対するインドとパキスタンが相次いで核兵器保有国へ転じました。中東の要所であるイスラエルも核兵器保有が濃厚とされています。更に北朝鮮やイランといった暴走するリスクの高い国も核兵器保有に前のめりです。過去には、シリア、ミャンマー、リビアなど核兵器保有によって大国と同等の力を得ようとする国が登場します。東アジアでは北朝鮮がNPTから脱退し、核保有に乗り切りました。NPT条約が核兵器の拡散を防止しているとはいえない現状があります。

口だけの核軍縮

NPTは「核保有国をこれ以上、増やさないこと」です。核兵器保有国の間では「核軍縮」という大きなテーマを課せられています。ただ、この「核軍縮」は口だけのもの。「将来的に核兵器を世界から無くそう!」という理想を掲げていますが、実現性は皆無です。現在、世界の平和は核兵器の抑止力で保たれています。人類滅亡に繋がる核兵器が人類の平和を維持しているという皮肉的な状態です。「将来的に核兵器がなくなるといいよね」程の建前です。現実的な話ではどの核保有国も「核軍縮」に真面目に取り組んでいる国はありません。オバマ前大統領が自分のレガシーのために核軍縮を訴えましたが、全く進展はありません。オバマ氏が掲げた核軍縮もトランプ政権に代わり、アメリカとロシアは核軍縮の取り決めをなくします。核拡散防止条約は、核保有国の利権を具現化したものであり、この条約以外に代案が出てきていません。近年は核兵器禁止条約が登場していますが、これは理想論の絵空事です。理想論を唱えるより、まずはインド、パキスタン、イスラエルへの制裁をすることが現実路線でしょう。

 

核兵器禁止条約と独り歩きの理想論

核兵器の全面廃止と根絶

核兵器禁止条約は国連で採択されました。推進したICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)はノーベル平和賞を獲得しています。ノーベル平和賞を受賞したらからとはいえ、実行力は皆無です。非核兵器保有国が理想を唱え、理想が独り歩きしている現状です。核兵器禁止条約は「核兵器の全面廃止と根絶を目的」とした条約です。2017年に国連で採択され、現在79ヵ国が条約に署名しています。同条約を国際的にロビー活動したICANという運動体は2017年ノーベル平和賞を受賞しています。条約は国連で採択されましたが、同条約には実行力が皆無です。条約が世界へ拡散される中、世界一の核兵器保有国であるアメリカではINFの全廃が決まり核軍縮の動きとは逆行しています。核兵器保有国の署名しない核兵器禁止条約に平和を期待することは難しいでしょう。

現在、核兵器の規定ルールは核不拡散防止条約(NPT)が中心です。NPTと核兵器禁止条約は共に核兵器が人類に及ぼす影響への危惧を示しています。ただ、中身を覗いてみるとNPTと核禁止条約では、平和へ向けた全く異なる手段を選んでいることが分かります。NPTは予め核保有国を限定して、核の抑止によって世界の秩序を保つ手段を取ります。一方で、核兵器禁止条約は全ての国が核兵器を根絶して、核兵器なき社会での世界の秩序を訴えています。前者は核抑止論、後者は核廃絶論です。

核兵器禁止条約の脆弱さ

核兵器禁止条約の役割は「核兵器の全面廃止と根絶」です。つまり、「地球から核兵器を廃絶して、平和になろう!」という究極の理想を述べています。とはいえ、これが机上の空論であるという想像は難くありません。理想だけで物事が動けば、そもそも戦争は起こりません。核兵器禁止条約の実現には、地球にある全国家の条約批准が前提です。勿論、そこには核保有をしている国も含まれます。現在、核保有国をしている国は同条約を全く相手にしておらず、一カ国も署名していません。つまり、核兵器禁止条約は核兵器を保有していない国が「核を廃絶しよう!」というキャンペーンをしているだけです。キャンペーンを行うのは勝手ですが、実行力のない条約を強く訴えるのは混乱を生むだけでしょう。

キャンペーン団体は日本政府に核兵器禁止条約参加を求めましたが、日本政府は固辞しました。日本はアメリカの傘に入っており、日本が条約に署名したらアメリカの核の傘から出なければいけません。すると、途端に日本は中国、北朝鮮、ロシアの核兵器の標的になり、野ざらしです。敵国になり得る隣国の核の脅威に怯えながら、まともな外交政策が出来るはずはありません。核兵器保有国だけではなく、核の傘に入る国からしても核兵器禁止条約が如何に無用なものであるかは理解できるはずです。現在、同条約に批准している国はいずれも核兵器による攻撃が考えられない国ばかりです。これでは説得力が全くありません。世界の覇権を争う均衡状態にて、核兵器禁止条約は全く価値がありません。むしろ、核兵器に対する認識を分岐させ、核兵器の共通認識を曖昧にする可能性があるといえます。

理想だけで実効性はない

核兵器禁止条約を推進した「ICAN」はノーベル平和賞を受賞しました。前述の通り、核兵器禁止条約の実効性は皆無です。当たり前の理想を掲げているだけです。実効性がなくても受賞出来てしまうノーベル平和賞の存在に疑問符がつきます。理想と現実の乖離を埋めていく作業が抜け落ちています。核兵器禁止条約は地球からの核兵器の根絶であり、その目標は達成していません。核兵器廃絶を完遂してから、ノーベル平和賞を授与するべぎであり、順序が逆です。核兵器に対するノーベル平和賞の基準はICANだけには限りません。オバマ元大統領も理想を並べて平和賞を授与しました。核兵器禁止条約は現段階では、無価値であり、実行力のない理想です。

核廃絶論者は理想の世界に住んでいます。彼らは「人道主義」という錦の御旗を立てて、対峙する者の危うさを説きます。「核兵器廃絶こそが正義でそれ以外はない」と主張します。核廃絶論者の主張は「世界から戦争がなくなればいい」というレベルです。「世界から戦争がなくなればいい」とか「世界から核を廃絶する」とか当たり前の理想を述べていますが、そこに至るまでの解決策がありません。解決策がないのに、理想だけを主張していては事態は悪化をたどるだけで、解決策を提示してから、初めて核兵器廃絶への議論が始まるのではないでしょうか。残念ですが、現段階は、議論するレベルの真っ当な解決策は出てきていません。

核兵器は廃絶できない

「核兵器を廃絶する解決策」はありません。現実的に、核兵器保有国が核兵器を手放すことは考えられません。核兵器が廃絶するのは核兵器に代替する新兵器が登場してからの話です。核兵器の開発は終わりの始まりです。開発したら最後、それを途中で無かったことにするのはできません。人類滅亡への不可逆的な進歩を核兵器開発により成し遂げました。核兵器も他のテクノロジーと変わりません。人類は一度利便性を手にするとそれを自ら手放すことはありません。核兵器という大量殺戮兵器は抑止力としてはとても利便性に優れています。利便性を手放さないという人類の特性を考えると核兵器の廃絶はあり得ないでしょう。

「核兵器を抑止力に用いることが不義だ」とする見方がある一方で、抑止論はリアリズムで、なくてはならない主張です。そもそも核兵器の廃絶は現実的ではないのであれば、現実に即した議論を進める必要があります。現在、世界で動いている抑止論を研ぎ澄ませることで核兵器の作る平和を維持するべきです。核兵器が実戦配備されて、70年以上が経過していますが、核戦争は勃発していません。危機的状況を乗り越えて、核抑止は洗練されています。核兵器を廃絶にするも保有するにしても共通するゴールは「核兵器使用の防止」です。ゴールに辿るルートは異なりますが、理想を述べているだけでは、ゴールに近づけません。

 

日本の核兵器政策をまとめ

核の傘

日本の核兵器における立場は複雑です。建前上は唯一の被爆国として、核兵器保有国との架け橋となることを謳いますが現実はアメリカの核の傘に覆われています。日本は核拡散防止条約(NPT)に批准しています。日本は日米安保条約によりアメリカの軍事的庇護を受ける立場で、アメリカの核の傘にも入ります。日本政府は「核兵器のなき社会」と声を上げていますが、実際は核兵器をなくすことなどは毛頭考えていません。実際に日本がアメリカの核の傘から出ると大変な事態が待ちます。中国、ロシア、北朝鮮へ牽制することも出来ずに軍事力をちらつかせられておしまいです。

日本は核兵器の根絶を謳う「核兵器禁止条約」には批准していません。本条約に日本が批准しない理由は利益が何もないからです。日本は戦勝国の核保有を認める立場をとり、核保有国であるアメリカの核の傘に入っています。この建前条約に批准すると、日本の立場は矛盾します。日本は唯一の核兵器の被爆国で、この事実が焦点を曇らせています。「唯一の被爆国だから核兵器の廃止を強く唱える責任がある」という主張があります。確かに日本には被爆国として、核兵器の凄惨さを訴える責任があるでしょう。ただ、日本にどれだけ責任があっても国際的な発言力は乏しいです。日本が国際社会に訴えても特段何か状況が変わるということはありません。核兵器に関しては、核兵器を持つ国しか動かすことが出来ません。

日本も核兵器が保有ができる

「憲法第九条は、一切の核兵器保有及び使用を禁止しているわけでない」
日本政府の閣議答弁書 2016年4月

この回答は日本政府の閣議答弁書で核兵器保有を目指したものではありません。併せて、非核三原則の堅持するとの見解も表明しています。しかし、非核三原則は法律ではありません。いざとなれば、日本も核兵器が保有する選択肢も含まれます。日本が核兵器保有国にもなる」という選択肢も議論していく必要もあります。非核三原則は「持たず、作らず、持ち込ませず」という国是です。佐藤栄作首相が1967年に述べた政府の方針です。日本は非核三原則を順守していると学びますが、内実は杜撰です。特に「持ち込ませず」は完全にアウト。アメリカの核兵器が持ち込まれていることは広く知られています。有事の際はハワイ、グアムに配備された核搭載兵器を日本に配備するのは現実的で国防の選択肢として、持ち込ませずは機能していません。非核三原則の「持たず、作らず」も疑問符がつきます。日本は核兵器を保有こそしていませんが、核兵器を作る条件は揃っています。日本は九十日以内で核兵器の保有が可能であるニュークリアレディ国として認められています。これは、アメリカの太平洋戦略の一つでもあります。有事の際は日本にも力を分配できるようにアメリカは日本に力を持たせています。「核兵器をいつでも作れる」という条件を考えると「持たず、作らず」もグレーです。唯一の被爆国である日本の非核三原則というのも理想の話です。理想を捨てて現実を見なければいけません。目まぐるしく変わる国際情勢にて、核兵器を巡る議論を進めるべきです。

 

おわりに

核兵器は核分裂、融合反応を用いて、膨大なエネルギーを発生させます。核兵器一発の爆弾で壊滅的な被害が生じます。今まで実戦投入された核兵器は二発で合計二十万人規模の死傷者を出しています。先の大戦の技術でこれだけの被害です。今の技術であれば、核兵器を主要都市に一発投下するだけで都市機能は維持できなくなるでしょう。二次災害も考えれば容易に国を滅ぼすことができます。核兵器という軍事力の象徴はなくなる気配はりません。現代において核兵器を手放すことは、拳銃を突き付け合った状態で一方的に手放すほど危険です。現状で核兵器への議論をするならば核抑止論を磨くことが一番有効手。つまり、「核拡散防止条約の強化」です。核兵器を保有する国が敵対関係に立つと互いに銃を突き付ける状況です。まさに「冷戦状態」です。冷戦状態では実際に血が流されていません。大規模な世界大戦は核兵器の抑止によって、成立しています。お互いに銃を突き付けあう間を平和と解釈するべきです。理想だけでは平和は訪れないと直視しなければいけません。核兵器が開発されてから実戦投入されたのは広島、長崎のみ。それ以降は核兵器の脅威を伝達し、実戦投入されることはありません。いつでも実戦投入できる状態にありながら実戦投入されません。それは核兵器を恐怖を人類が共有しているからでしょう。その恐怖を共有している限り核兵器は戦争の抑止力に変わります。

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