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新、友達論

人間関係を円滑にするテクニック

「新、友達論」

1.人生に友達は不可欠ではない

友達を笑いあう間柄だけと割り切るのなら友達はいてもいい。
しかし、友達にそれ以上の役割を求めるのは避けた方がいい。

命の淵に立った時に助けてくれるのは友達ではない。
最も苦しい時に隣に友達はいない。

考えると友達とは実に薄弱な存在だということが理解できる。

人生が楽な時には頼もしい存在である。
だが、苦しい時には実に頼りにならない。

人生の中で最も危機的状況に陥った時、友達は何の役にも立たない。

友達とはリスクを共有しない間柄であるからだ。
仮に友達が人生を転げ落ちていこうが、自分は何も痛手を背負わない。

逆もまた然りである。
自分が転げ落ちていく時、友達は進んで手を差し伸べない。

自分のピンチが友達に飛び火する可能性があれば、尚更、友達はそっと姿を消す。

2.友達を求めるのは無駄である

自身の窮地において、役に立たない存在を求めるのは無駄である。

自分が友達のことを「一番に大切な存在」だとしても相手方がそうとは限らない。
それを承知して、付き合うのなら構わない。

だがその関係に価値はない。

多くの人が、第一の他者は家族であろう。
大切な存在は家族が序列の最前列であろう。

家族と友達の命を天秤にかければ話は早く済む。

この天秤の序列は常に存在する。
都合のいい時だけ天秤が現れる訳ではない。

序列が発生する時点で友達という存在(二番手以降の存在)に価値はない。
価値のないものを求めたがるのは無駄である。

人生の危機に瀕した時に序列が二番目の存在は無価値であると知る。

3.友達を求める根源は孤独

友達を求める根源は孤独である。

孤独を拒絶することは友達を求めることに繋がる。

孤独を拒絶する者は常に他者と交流を求める。
他者と交流状態にないと疎外感を感じてしまうのである。

孤独を怖れ、友達を作る。友達という他者に依存する。
ただ、友達は孤独の代替とはならない。

どれだけ友達を作ろうが、相互に序列の一番となる友達を作ろうが孤独を遠ざけることは出来ない。

孤独は常に自分の中に存在しているからだ。
そして、孤独は自分が弱っている時に内から蝕む。

孤独の侵略を友達では阻止することはできない。

4.孤独を愛すること

孤独の侵略を保つ方法は孤独を愛すること。
それしか手段はない。

孤独はマイナスな要素として捉えられる。
集団行動を学ぶ義務教育の悪しき遺産である。

孤独を愛せれば人生の重荷をドサッと降ろすことができる。

他者に依存することもなくなり人生がより主体性に溢れる。
孤独を迎え入れ、常に孤独を愛すこと。

5.友達がいることを誇るな

かけがえのない仲間、熱い友情、無二の親友。
友達がいることを誇るのは、自分への自己暗示に過ぎない。

「自分は独りではない、自分には友達がいる」
そう言い聞かせ、心を留めている。

その自己暗示は空虚である。
友達がいることを誇ることは孤独が不安であることを示している。

その不安に必死で蓋をしても収まることはない。
友達は孤独を解消してくれないからである。

友達を作る前に、自分だけの孤独の世界を創る方が心の処方箋になる。

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