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地球最後の日「キューバ危機」を3分で理解

アメリカの銃社会

3分でキューバ危機に関する最低限の知識をおさらいします。
抑えたい人物、抑えたい出来事、抑えたい結末をざっくり解説していきます。

●抑えたい人物
1.ジョン・F・ケネディ
→米大統領
→キューバ危機を外交的解決に導く

2.ニキータ・フルシチョフ
→ソ連首相

3.フィデル・カストロ
→キューバ指導者

●抑えたい出来事
1.キューバ危機
→10/16~10/28までの13日間
→核戦争、目前まで達した軍事的緊張

●抑えたい結末
1.地球最後の日を回避
→核戦争には至らず
→主だった軍事的衝突回避

2.外交的解決の成功事例
→核抑止論の進展

キューバ危機の背景

東西冷戦

第二次世界大戦後、世界は東西に分裂しています。
アメリカを代表する西側陣営、ソビエトを代表する東側陣営です。

「冷戦」と呼ばれる軍事的な緊張関係が続きました。

冷戦は1945年から1989年までの44年間続く軍事的緊張を指します。
実際の米ソ間の武力衝突は起こらず、睨みあい・代理戦争状態が続きました。

キューバ危機

アメリカの南方に浮かぶ島国です。
フロリダ半島から約150km離れた場所に位置します。

キューバはフィデル・カストロ、チェ・ゲバラがキューバ革命を起こして社会主義国家へ変貌しました。
キューバはソビエト陣営側です。

キューバ危機はソ連の核ミサイル基地がキューバへ設置されたことに端を発します。
自国の防衛強化を図るキューバとワシントンを核の射程圏に収めたいソ連の利害は一致します。

アメリカがイタリア、トルコに配備した核兵器(モスクワを射程)を脅威とするソ連はキューバへ

アメリカは自らの裏庭であるキューバが核武装したなれば大問題です。
ワシントンを含むアメリカの大都市のほとんどが核の射程圏内に入りました。

キューバの核兵器を巡り、アメリカとソ連の間では一触即発状態へ突入します。

キューバ危機の決着

軍事行動シナリオ

事態の発覚は10月16日、CIA長官へキューバ上空を偵察飛行していた偵察部隊から航空写真が届けられます。
写真にはキューバ内にソ連製の核弾頭搭載準中距離弾道ミサイルが配備されている様子が映っていました。

事態を重く見たアメリカ政府は国家安全保障会議執行委員会(エクスコム)を招集します。
エクスコムでは国家危機に対して、どのような軍事・外交的シナリオを取るかが協議されます。

エクスコムは外交的解決、静観からミサイル破壊、キューバへの全面侵攻まであらゆる手段が土台にありました。
軍事的オプションが実行されれば、核戦争へ突入する可能性もありました。

海上封鎖

アメリカがキューバへ侵攻すれば、ソ連は西ベルリンへ侵攻すると考えられました。
アメリカの選択次第では欧州情勢が一気に動乱になると予想されます。

アメリカの選択はキューバ近海の海上封鎖でした。
海上封鎖により、ソ連の出方を伺う選択を取ります。

ケネディ大統領は空爆以降、キューバへの全面侵攻という選択肢を残しつつも外交的解決に向けて、舵を取ります。
米ソは臨戦態勢に突入し、核戦争の火ぶたが遂にきられる寸前までいきます。

ケネディのテレビ演説

ケネディ大統領はキューバ危機に直面したことをTV演説で明かします。
アメリカ本土へ核の脅威が迫っていることを国民に伝え、世間は愕然とします。

世界中で米ソの全面核戦争による「地球最後の日」が叫ばれました。

10/27 暗黒の土曜日

キューバ危機が最も深刻な状況に陥いったのは10月27日とされています。
アメリカのソ連大使館では職員の資料焼却など開戦間近と目されました。

海域では核魚雷を搭載した潜水艦が交錯し、衝突寸前。
キューバ上空を偵察飛行した米軍機が撃墜。

あと一歩で開戦のところまでいくも水面下では危機解決に向けた動きが進みます。

ソ連首相のフルシチョフはキューバからのミサイル撤去を条件にトルコのミサイル撤去を持ち出します。
アメリカは面目を守ることを条件に、キューバからの武器撤去を取り付けます。

翌、10月28日にキューバからミサイルが撤去されます。

これにて、世界中を震撼させたキューバ危機は回避。
世界は有史以来初の核戦争に移行することなく、事無きを得ました。

その後

キューバ危機での教訓がもたらしたものは大きいです。
世界が核抑止の上に成り立っていることを認識するに至りました。

核兵器保持の2台国家である米ソにはホットラインが設けられました。
キューバ危機は敵対的関係における外交解決の成功例として挙げられています。

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