「慰安婦と兵士」 保護と処罰の関係

慰安婦問題における争点は変遷しています。
強制性に幅を作ったところから慰安婦の存在にまで争点がずれ込んでいます。

今回は慰安婦が過酷な環境で酷使されていたのかを資料で見ていきましょう。
慰安婦は果たして「性奴隷」として扱われていたのでしょうか?

追って兵士が慰安所をどのように利用していたのかを資料を通じて読み解きます。

慰安婦の待遇

慰安婦待遇の一例

セレベス民政部第二復員班員復帰ニ関スル件報告
(イ)民政部二於テ許可シタル本施設二使用セラシレタル婦女ノ数二二三名
(ハ)売淫婦ノ生活方法、休養、報酬
⑴生活方法
施設機関二於テ施設セル一定家屋二居住シ食事、休養、外出等自由トス
⑵給養
生活二必要ナル衣服、寝具、食器類、家賃、点灯水道料、使用人給料、療等施設機関二於テ負担スルノ
外稼高僅少者ニシテ不時家族等ノ吉凶ノ為金銭ノ場合ハ贈与ス
⑶報酬
稼高ノ1/2本人ノ所得トス尚本人所得外ノ1/2金額ハ前記支出ニ充当シ
残金アル場合ハ民政部ニ一部納入セルモノナリ
セレベス民政部第二復員班長(海軍司令官)『セレベス民政部第二復員班員復員に関する件報告 一九四六年六月二〇日』

上記資料の慰安所はインドネシアの慰安所です。
報酬の項を除いては、緩やかなものとみえます。

例えば「生活方法」の項で特筆しているのが、外出が自由となっている点です。
フィリピンのイロイロでは区域外への外出禁止や外出時間の規制を設けていたり、内地である沖縄でさえ、外出は証明書の発行が必要でした。

「給養」の項では、衣服・家具・家賃・光熱費・使用人給料など福利厚生はかなり手厚い印象を受けます。
戦時中の厳しい懐事情を考えると劣悪な環境とは言えないでしょう。

乖離する証言

戦時下のため、戦地によって慰安所の状況は変化すると考えられます。
一点の基準は軍によって定められ、後は地域ごとで差異があるのでしょう。

先行研究をしている吉見義明氏は『インドネシアの元オランダ軍の将校用住宅のように立派な家屋を利用している場合でも、庭にでることさえ禁じられて性奴隷状態におかれた少女たちの生活を、どのような基準で優雅な生活と見るのだろうか。』とする表現とは印象が異なります。

「その必要性から慰安婦が個室をあたえられた例が多いのはたしかだが、寝具と消毒液と、少しましなところでは椅子とテーブルがくわわる三~六畳程度の部屋だった。仕切りは薄いべニア、出入口はカーテンやむしろを垂らしただけ、そこで『慰安』をうける兵士にとっても索漠とした部屋だった」と主張する者と軍の資料には乖離があります。

兵士への取り締まり

慰安所を利用する兵士

これまで、慰安所、慰安婦の資料を取り扱いました。
次は慰安所を利用した兵士、また慰安所の経営者に対する規則を取り扱います。

間接的に慰安婦の待遇を浮き彫りにしていきます。
下記は兵士の慰安所利用に対する資料2つです。

  外出及軍人倶楽部ニ関スル規定
第一条 本規定ハ斗門警備隊外出及軍人倶楽部ニ必要ナル事項ヲ規定ス
本規定以外ノ事項ニ関シテハ軍隊内務令中山駐留規定及中山警備隊軍人倶楽部
規定ニ依ルモノトス
第二条 外出ニ際シテハ服装、姿勢、態度ヲ厳正ニシ皇軍タルノ自覚ヲ以テ行動セザル
ベカラズ
第三条 外出日及時間左ノ如シ
兵   日曜日トシ十二時ヨリ十八時迄トス
下士官 水曜日トシ十二時ヨリ日夕点呼迄トス
営外者ニ関シテハ規定セズ
外出区域ハ部落内ハ東西護沙隊分哨迄トシ表門前ハ約二百米橋梁迄トス
部落内ノ行動中ハ二名以上同行シ単独行動ヲ禁ズ
(省略)
第五条 服装ハ単独ノ軍装トシ兵ニ在リテハ外出腕章ヲ腕ニ附ス
(省略)
第九条 外出ニ際シテハ防諜ニ注意ス軍人倶楽部ニ於テハ軍紀風紀ヲ厳正ニシ著シク
酒気ヲ帯ビタル者ハ出入ヲ禁ズ又酒類ヲ持込ムベカラズ
其ノ他他人ニ迷惑ヲ及ボスベカラズ[ 独立歩兵第十三旅団遠山隊『外出及軍人倶楽部に関する規定 一九四四年』

  軍政監部ビサヤ支部イロイロ出張所
イロイロ憲兵分隊御中
首題ノ件別紙ノ如ク送付ス
(省略)
四、本慰安所ヲ利用シ得ベキモノハ制服着用ノ軍人軍属ニ限ル
五、慰安所経管者ハ左記事項ヲ厳守スベシ
1.家具寝具ノ清潔並日光消毒
2.洗滌消毒施設ノ完備
3.「サック」使用セサル者ノ遊興拒止
4.患婦接客禁止
5.慰安婦外出ヲ厳重取締
6.毎日入浴ノ実施
7.規定以外ノ遊興拒止
8.営業者ハ毎日営業状態ヲ軍政監部ニ報告ノ事
六、慰安所ヲ利用セントスル者ハ左事項ヲ厳守スベシ
1.防牃ノ絶対厳守
2.慰安婦及楼主ニ対シ暴行強迫行為ナキ事
3.料金ハ軍票トシテ前払トス
4.「サック」ヲ使用シ且洗滌ヲ確実ニ実行シ性病予防ニ万全ヲ期スコト
5.比島軍政部ビサヤ支部イロイロ出張所ノ許可ナクシテ慰安婦ノ連出シハ堅ク禁ズ

上記資料では兵士や経営者に対して、慰安所利用の規則が厳密に設けられていることが分かります。
規則では性病の予防と慰安婦の保護が主なものでした。

上記の「外出及軍人倶楽部に関する規定」の資料では、軍服の着用と腕章を義務付ける文言が入ります。
一般人と兵士の差別化を図り、やはり慰安所は軍によって管理されていることを示すとともに、その目的が単なる娯楽目的ではなく、兵の統率が目的であったと推察されます。

「外出及軍人倶楽部に関する規定」の資料では、酒気帯びでの慰安所利用を禁止している箇所などもあります。
慰安婦側への暴行を禁止することが重視されおり、慰安婦は保護される立場だと分かります。

軍事性暴力に向き合っていた

戦時の特殊な暴力性は兵士を強姦や強奪などの凶行に走ります。
日本軍は戦時暴力に対して、野放しにはしていない姿が伺えます。

軍事性を慰安所を作り解消しようした日本軍。
軍はそこで働く慰安婦たちへの暴力を許可しておらず、慰安婦の環境にも配慮していたことが伺えます。

規律を乱した兵士は厳しく処罰されています。
兵士の暴走で少なからず慰安婦に対しての暴行は、事実として存在している可能性は高いでしょう。
それと同時に、兵士暴走の事実を無視することはなく、対処していたと思われます。

参考文献:吉見義明編『従軍慰安婦資料集』、大月書店、1992年

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